クロガネ・ジェネシス

第31話 ファイヤーキャノン
第32話 変身解除
第33話 アーネスカの秘策
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第ニ章 アルテノス蹂 躙じゅうりん

第32話

変身解除





「トランス・オフ」

 ダリアは変身魔術解除のキーワードを唱えた。その直後、凄まじい風がダリアを包み込み、取り囲んでいた零児、アーネスカ、アマロリットの3人を吹き飛ばす。

 嵐のような風の壁がダリアの周囲で渦を巻く。吹き飛ばされた3人はダリアを見つめた。

「あまり僕を舐めないでもらおうか……。見せてあげるよ! 僕の本当の力を!」

 ダリアは、再び跳躍し、民家の屋根を伝い、一時的にその姿をくらました。



「どこへいくつもり!?」

 突然のダリアの行動が理解できず、その動きを目で追うアーネスカ。

 次の瞬間、零児達のいる位置より遠くから、本来の姿をあらわにしたダリアが家屋の屋根から飛び降りた。

 そして、背中から生えた巨大な翼を広げて零児達目掛けて飛行してきた。

「伏せろ!」

 零児の声に反応し、身を低くするアマロリットとアーネスカ。

 頭上を通過する翼は、すでに人間とはかけ離れた姿に変貌を遂げていた。

 全身を緑色の皮膚で覆い、背中から巨大な翼が生えている。両手足は人間の形態の時より短くなり、より飛行に特化した形になっている。その反面、胸筋だけは肥大しており、翼はその全身を包み込むには十分な大きさを有している。

 顔も人間の時より、細く鋭角的になっている。

 それが人間の姿を解除したダリアの姿だった。

「あれが奴の本当の姿か……」

 零児は呟く。飛行スピードはシェヴァと同等かそれ以上かもしれない。

 ダリアは1度大きく距離を取ったあと、零児達の場所に隣接する石造りの家屋目掛けて突進する。その結果、家屋が崩れると同時に、零児達の上を飛行する形となる。

 家屋は瓦礫となって零児達を襲いかかる。

 3人は走り、その瓦礫から逃れる。だが、それも何度も続けば体力を大きく消耗する零児達の方が不利だ。

「まったくデタラメね!」

 アーネスカは吐き捨てるように言い切る。いくら銃を使っているとは言っても、それだけでダリアを落とすことは不可能だ。なによりダリアの飛行速度は相当なものだ。すれ違いざまに銃弾を当てることができるかどうか。

「空飛んでる奴に地上戦は不利だ! 目には目を! 俺達も空で対抗しようぜ!」

 零児は首にかけていた竜操の笛を吹いた。すると、セルガーナ・シェヴァが零児達の前に飛んできた。

 零児の前でシェヴァが止まり、背中に乗るよう促す。

 その間、ダリアが再び突進してきた。風をまとう嵐竜《ストーム・ドラゴン》はスピードにものを言わせて攻撃を行う。

 先ほどと同じように、家屋を破壊し、零児達に瓦礫の雨を降らせる。

 シェヴァの背中には、零児とアマロリットがすでに乗っていた。

「エクスプロージョン!」

 まだシェヴァの背中に乗っていないアーネスカは爆発の魔術弾を瓦礫の雨目掛けて放つ。

 頭上で発生した爆発は、瓦礫を吹き飛ばし、零児達を守る。

「アーネスカ!」

 零児がシェヴァの背中に乗るよう指示を出す。アーネスカはそれに従い、それを確認したシェヴァは翼をはためかせて空を舞う。

「シェヴァ! ダリアを追うんだ!」

『グォオオオン!!』

 シェヴァは零児の指示に従い、ダリアを追う。

 飛行竜《スカイ・ドラゴン》と嵐竜《ストーム・ドラゴン》。2つの竜《ドラゴン》が宙を舞い、空中戦に突入する。

 しかし――

「スピードでは、奴の方が速い! すれ違いざまに、どれだけダメージを与えられるかが鍵だ! 攻撃は2人に任せるぜ!」

「オッケー!」

「そうさせてもらうわ」

 嬉々として答えるアーネスカとアマロリット。零児はシェヴァの操舵に力を入れることにする。

 ダリアはシェヴァの前方にいる。零児達はダリアの次の行動に注目する。背中に人間を3人も乗せているシェヴァでは、単体で飛行するダリアに追いつくことはできない。

 こうやっていつまでもダリアの背中を見続ける状況は好ましくないのだ。

 が、ダリアは空中で旋回し、零児達目掛けて再び飛んでくる。

「来るぞ!」

 零児の言葉にいつでも銃を撃てる体制を作るアーネスカとアマロリット。ダリアがシェヴァに対して一直線に飛んでくることを確認して2人は銃弾を発射した。

 闇夜の空、いくつもの銃弾がダリアを襲う。ダリアの存在は零児達から見たら点だった。

 狙いが小さすぎるため、どれだけ正確な射撃を行っても、それが当たったかどうかわからない。

 人間の姿を解いたダリアの表情はわからないが、当たっていれば僅かでもその表情を歪ませるはず。

 しかし、それを確かめることはできない。ダリアは猛烈なスピードでシェヴァの真横を飛行する。それはほんの僅かな一瞬の出来事。その短い間でダリアの表情を伺い知ることはできない。

 その代わり凄まじい突風が吹き荒ぶ。ダリアの飛行によって放たれる風の衝撃破。それにより、飛行中のシェヴァがバランスを崩す。

「うお!?」

 一気にシェヴァの高度が落ちた。シェヴァは必死に翼をはためかせて、バランスを取り、飛行状態を安定させる。

 アマロリットは苦々しげにダリアが飛んで行った方向を見つめる。

「このままじゃ勝ち目は薄いわ……」

「近づいたら吹っ飛ばされて、離れてれば攻撃が当たらない……。確かにこのままじゃ有効な一撃を与えることは難しいな……」

 零児はシェヴァの手綱を操り、進行方向をダリアが飛んでいった方向へ向ける。

「まだ方法はある……」

 その時、唐突にアーネスカが呟いた。

「零児! 1度屋敷に戻って!」

 アーネスカの突然の提案に、零児とアマロリットは目を丸くする。

「何か策があるの?」

「ある! 空を舞うあいつと接近戦をする方法が!」

「本当か!?」

「ええ。そのためには、道具が足りないの! だから1度屋敷に戻って!」

「わかった!」

 零児は手綱を握り、グリネイド家の屋敷にシェヴァを飛行させた。



「トランス・オフ」

 ラーグはバゼルに爪を突きつけられた状態でありながら、余裕の表情を崩すことなく、変身解除のキーワードを唱えた。

「なに!?」

 追いつめられたはずのラーグの周囲から風が発生する。風はラーグの周囲を取り囲み、バゼルを吹き飛ばす。

 通常、変身解除にこのような風は発生しない。恐らく、変身解除のキーワードと同時に風を生み出す魔術がなんらかの形で仕組まれているのだろう。

「貴様!」

 バゼルは立ち上がりつつ人間の姿を解除していくラーグを睨みつける。

「ハハハハハハハ!! 俺を驚かせたことは褒めてやるぜ! だがこれで終わりだ。たった3人を相手に俺を本気にさせたこと……」

 ラーグの体が膨れ上がる。服は破れ、皮膚は石のように硬くなり、真っ赤に変色していく。

 細かった体は大きく肥大化し、尻尾が生える。

 体調は3メートルほどの巨体になり、口元から覗く歯は全て牙になる。全身には丸い斑点があり、そこから常に炎を吹き出している。

「後悔サセテヤル!!」

 バゼル、ネル、シャロンの3人は息を飲んだ。そもそもまともな戦いになるのか。それがただひたすらに疑問だった。

 ネルはひたすらに戦慄した。

「あんなの……どうやって戦えば……」

 全身から炎と同等の熱を放つ巨大な亜人。まともな格闘戦などできない。恐らく自分が傷つくだけ。ネルの拳に風をまとわせて攻撃したとしても、半端な風は炎を荒ぶらせるだけだ。

「まともに戦っては勝ち目はあるまい! 癪ではあるが、逃げながら対策を立てるしかない!」

 ネルとシャロンはその意見に賛成だった。触れることすら困難なこの亜人と正面切って戦うことは無謀極まりない。

「逃ガスカ!」

 ラーグは人間形態の時より、はるかに多くの空気を肺に取り込む。同時に全身の斑点から炎が吹きあがった。

 そして、3度目になる炎の大砲を放った。

 その炎の固まりは一瞬にして無数の家屋を貫き、はるか彼方で大爆発を引き起こす。

 バゼル達は息を飲んだ。全身を駆け巡る旋律。まざまざと見せ付けられた火山竜《ヴォルケイス・ドラゴン》の力。

 あまりにも速すぎて、目でとらえることは難しい。しかし、爆発の規模は今までの比ではなく、きのこ雲が発生しているほどだ。

 この一撃でどれほどの家屋が吹き飛んだことだろう。どれだけの人間が命を落としたことだろう。それを思うと、怒りの感情が沸々と湧き上がってくる。しかし、怒りに感情を燃やしている暇は無い。問題なのは、それをいかにして回避するかなのだ。防御することはほぼ不可能に近い。

「シャロンちゃんのバリアでは防げそうにないね!」

「民家を盾にして目くらましに使うぞ!」

 バゼル達は走り出す。ラーグの視界に存在するのは危険極まりない。

「逃ゲ回レ人間ドモ! 全員ブッ殺シテヤル!」

 ズシンズシンと足音を立ててラーグが歩く。

 バゼル達3人は民家を盾にしながらラーグから離れていく。

「どうするの!?」

 走りながら、ネルはバゼルに問う。

「少なくとも俺とネルの戦い方では、奴に有効なダメージを与えることはできない」

「大ピンチだね……」

「だが、シャロンの攻撃方法なら、奴にダメージを与えることはできる。しかし、決定打にはなりえないだろう。少なくとも俺達だけで奴を倒すことは不可能だ」

「弱点とかないの!?」

「見た目どおり水が弱点だ。奴にありったけの水をぶっ掛ければ攻撃手段を失わせることが出来る」

 バゼルはシャロンに視線を走らせた。

「シャロン!」

「!」

「どうにも奴はお前に執着しているらしい。奴を倒すため、お前には餌になってもらう。できるか?」

 餌になる。それは囮《おとり》になると同義だ。バゼルはシャロンを囮にしてラーグを倒すつもりらしい。

「私……やる!」

「いい返事だ! なら、急いで向かわねばな!」

「どこへ?」

「奴に水をたっぷり飲ませられる場所へだ!」

「OK!」

 3人は1度止まる。そして、シャロンとネルにバゼルが詳しい作戦の内容を伝えた。

 その作戦はすぐ実行に移された。

 ネルはバゼルとシャロンを残して先にある場所へ向かう。

「シャロン!」

「うん!」

 シャロンは盾にしていた民家からラーグの前に姿を現した。

「テメェ、クソガキ!」

「……私……あなたなんかに殺されない!」

「アア――――――ー!?」

 神経を逆撫でされたラーグは空気を目一杯吸い込む。そして、再び炎の大砲をシャロン目掛けて放った。

 シャロンはその動きを見切り、光の壁を出現させる。その壁はラーグのいる方向とはまったく別の方向に向けて展開された。光の壁は別の民家に向けて作られた。そして、幾重にも重ねた光の壁を民家に叩きつけて、その反動で、自らの体を飛ばす。

 シャロンはたった今自分が出てきた路地裏に、光の壁の反動を利用して戻ったのだ。

 そして、その間に放たれる炎の大砲。それは、大通りの路面をえぐり、新たな爆発を引き起こす。

「逃ガサネェ! クソガキ!」

 ラーグはシャロン達がいる路地裏へ移動する。そこにはシャロンを背負ったバゼルがいて、ラーグに背を向けて走っていた。

「俺カラ逃ゲラレルト、思ウナヨォー!!」

 再び放たれる炎の大砲。

 それは、シャロンが光の壁を利用した反動でまたも回避された。今度は大通りの方に移動している。

 ラーグは炎の大砲を使うよりも自ら追いかけることを選択した。自らの足で追い、自らの手で抹殺したくなったのだ。それは中々獲物をしとめられない怒りからくるものでもあった。

 炎の大砲は確かに強力ではあるが、こう何度も回避されれば別の手段を講じたくもなる。なにより、炎の大砲は疲れる。

 ラーグはその巨体で走り出した。2メートルと3メートルの身長。どちらの走行スピードが速いかは、言うまでもない。

「クッ……まずいな……!!」

「!!」

 バゼルに背負わされているシャロンにも、今どういう状況なのかはわかっていた。

 光の壁を展開したところで、ラーグの攻撃を防ぎきることはできない。ラーグの炎の大砲をシャロンの光の壁で回避しながら逃走するのがもっともベストなのだが、近づかれて攻撃されて転倒しては、逃走は困難となる。

「バゼルさん! 私、自分で走ります!」

「だめだ! お前と俺とでは走る速度が違いすぎる。お前の足にあわせて動く訳にはいかん!」

 シャロンは反感を覚えたが、事実なだけに言い返せない。体格や性別の問題もある。しかし、このままラーグに追いつかれ、転倒したり、よけいなダメージを受けることだけは避けなければならない。

 だが、バゼルにこの状況を打開する策がないのもまた事実だった。

「お、追いつかれる……!」

 シャロンが叫ぶ。戦慄が走る。全身から炎を吹き出している亜人が凄まじいスピードで迫ってきている。

 その時だった。

 突然、ラーグが見えない壁にぶつかったかのように倒れる。

『!?』

 バゼルが1度立ち止まる。2人の前には1人の少女がたっていた。

 エメラルドグリーンのセミロングに、ヘソ出しで、赤茶色の服をまとっている。琥珀色の瞳と褐色の肌は、エキゾチックかつ神秘的な雰囲気を称えている。

 そして、その容姿はどことなくシャロンに似ていた。

「何者だ!?」

「速くいく!」  少女はその問いに答えることなく、己の主張だけを口にした。

「なに!?」

「どうすべきかはわかってる。あたしが時間稼ぐ! だから速く走る!」

 どうやら敵ではないらしい。それを確認してバゼルは背中を向けた。

「感謝する!」

 バゼルは走り出す。少女の目の前で、ラーグが起きあがる。

「ナンダテメェハ……?」

「あたし……エメリス!」

 そう名乗ったエメリスは背を向けて走り出した。バゼル達の作戦を成功させるために。

 そして、もう1度零児に会うために。



 ――エメラルドムーンは地上で戦う人間と亜人達をただ静観していた。

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